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大阪市東淀川区(現在の淀川区)元今里北通3丁目38番地にて初代社長櫨山重則が国産発条製作所を創立。
創業当時、個人で線バネ・板バネ・各種バネを製造し部品問屋へ販売。
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| 創業者
櫨山重則氏 |
創業時の工場 |
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川西航空機製造株式会社の発条指定工場に認定。
以来、戦中においては航空機用の各種バネを製造。
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| 航空機用バネ製品 |
昭和15年当時の航空機 |
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創業者櫨山重則が死去後、妻であった櫨山ふじよが創業地において国産バネ製作所に改め操業再開。機械メーカー及び地域の工場をお得意様としあらゆるバネの製造と販売を営み「大阪のバネ屋さん」と親しまれ他方面からもよく買いに来られお得意様への納入も自転車、リヤカーで配達しておりました。
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| 櫨山
ふじよ氏 |
昭和21年当時自転車による配達風景 |
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戦後、資材不足のため、お得意様より注文を受けてもバネ材料がなく、物を作るより材料を見つけて購入することに時間がかかり、苦労して入手しても、軟らかいもの、硬いもの等、材料にバラつきがあったため製品化するのに相当な困難を要しました。
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